2015.06.27 まちあるき 第4回

「赤堤の住宅地 と 内藤恒方先生自邸」
世田谷の都市・住宅地が形成されてきた歴史について、旧版地形図等を参照しながら辿る「まちあるき」を実施しました。
今回は、赤堤の住宅地を歩きました。古くは赤土の高台に防塁(赤堤砦と言われ地名の由来となった)があり、江戸期は旗本服部氏の陣屋等があった地域です。大正2年に京王線、大正14年玉電(現世田谷線)、昭和2年小田急線が相次いで開通し、宮前第一(昭和6年~12年)・宮前第二(昭和12年~36年)及び山下(昭和14年~完了年不明)の3つの土地区画整理事業(旧法)が行われました。
昭和初期から高級軍人などの家が建ち始め、宅地化が進みました。現在も敷地細分化が進んでいるものの、戸建住宅を中心としたまちで、外壁後退、外観色彩、生垣等の植栽など、住宅地としての良好な景観を呈していました。
また、この地域にお住いの建築家内藤恒方先生の自邸(昭和48年竣工)を見学させて頂きました。内藤先生より設計時から増築、修繕時など約42年にわたる自邸との関わりをお話し頂きました。主屋と増築された建物で囲まれた中庭、年月を掛けて得られた建築・外構の熟成された空間が、御夫妻の暮らしぶりと共に、とても魅力的でした。
前回に続き、コーディネーターとして二瓶正史氏(法政大学非常勤講師)をお招きしました。